牝馬の出走が解禁され混合戦
朝日杯フューチャリティステークスは、1949年に関東の3歳馬の新馬チャンピオンを決定するレースである朝日杯3歳ステークスとして設立されました。今のレースの距離に変更されたのは1962年であり、変更前は中山競馬場の芝1100〜1200mで開催されていました。現在のレースでは同競馬場の1600mが使われています。
初開催時から混合戦として開催されてきたのですが、1991年の変更で牝馬は出走禁止となり、2004年に再び変更があり牝馬の出走が解禁され混合戦として開催されています。
1991年に関西の3歳馬チャンピオンを決めるレースである阪神3歳ステークスが牡馬の出走禁止となり、3歳牝馬チャンピオン決定戦「阪神3歳牝馬ステークス」(現在の阪神ジュベナイルフィリーズ)に改正されたのと同じタイミングで、3歳牝馬チャンピオン決定戦という意味合いを持たせるために、牝馬の出走を禁止とする改正が行われました。
1984年にG1レースとなり、その後10年間の内に、メリーナイス、アイネスフウジン、ナリタブライアン、ミホノブルボン、サクラチヨノオーという5頭ものダービーを制した競走馬を輩出した実績から、以前はクラシックへの登竜門として扱われていたのですが、近頃はその認識にもかなり変化があるようです。
その理由ですが、このレースのコースや距離が確実にクラシックの試金石になるのかが疑問視されているからでしょう。それどころか最近では同じ時期に行われるラジオNIKKEI杯2歳ステークスを目標とする有力馬が増加しています。
とはいえ、今でも例年この朝日杯フューチャリティステークスを制した競走馬が、最優秀2歳牡馬に選ばれるのは、このレースの大きな特徴の一つとなっています。

